サンドウィッチで世界を変えた!世界一のファストフード店サブウェイ(SUBWAY)創業者フレッド・デルーカのサクセスストーリー

世界一のファストフードのお店はどこですか?と聞いた時に

日本人の多くがマクドナルドやケンタッキーフライドチキンを思い浮かべると思う。

でも日本ではあまり認知されていないが、世界で最も店舗数が多いファストフード店は

サンドウィッチを提供しているサブウェイ(SUBWAY)なのだ。

 

そのサブウェイは、当時わずか17歳のフレッド・デルーカによって創業された。

今回はどのようにしてたった一代で世界一のファストフード店にまで成長させることができたのか。

フレッド・デルーカの生い立ちも含めて話していきたいと思う。

 

■フレッド・デルーカの生い立ち

フレッド・デルーカの生い立ち

フレッド・デルーカは1947103日にアメリカのニューヨークで誕生した。

デルーカの家庭はけして裕福では無かった為、幼い頃から空き瓶の回収やベースボールカードの販売

新聞配達などで家計を助けていた。

この頃から自ら工夫しながらお金を稼ぐという考えを身につけていて

その経験から後のサブウェイを創業する際の土台となっていた。

 

そんな中、運命を変える人物が当時10歳のデルーカの前に現れる。

それが、両親の知人の家で行われたパーティーで知り合うことになる

当時27歳の電機会社に勤めるピーター・バックという人物だ。

ピーターは博識でとても魅力的な人物で、家族ぐるみでの付き合いの中で

デルーカも彼のことを尊敬するようになっていった。

 

ピーターから様々なことを教わっていくのだが、

デルーカ家の引越しによって一時的に疎遠となり交流が途絶えてしまう。

 

そこから時が経ち、高校生になったデルーカは医者を目指して勉学に励んでいた。

金物店でバイトをしながら志望の大学のお金を貯めようとするのだが

1.25ドルの時給ではお金が足りずにどうしようかと悩んでいた。

そんな時にピーターと再会する事になる。そしてこの再開がすべての始まりとなった。

高校卒業を間直に控えた17歳のデルーカに対してピーターは

「君に1000ドル資金を提供するから、サンドウィッチの店をつくらないか」

突然の提案に驚くデルーカだったが、尊敬するピーターの自信に後押しされ決意を固める。

 

こうしてデルーカは起業家への道へと足を一歩踏み出したのだ。

 

■サブウェイが世界一になるまでの道のり

サブウェイが世界一になるまでの道のり

サンドウィッチの店を作るにあたって、まずは地元の惣菜店をまわり市場調査から始めた。

そこから長さのあるロールパンに絞ってサンドウィッチを作ることに決めて

価格やメニューを一気に決めて、10年以内に32店舗まで成長させるという目標を掲げた。

 

そして1965年にpete’s Super Submarinesをオープン。

家族や友人の協力して宣伝してくれたこともあり、初日から多くの人が訪れて好スタートを切る。

だが、新しいお店の珍しさも薄れてきた冬頃には客足が途絶えて売上がどんどん下がっていった。

売上をあげる為にいろんな宣伝活動を行うがどれもうまくいかず、ついには来客数が0にまでなってしまった。

 

通常ならここで諦めてしまう人がほとんどだが、デルーカは違った。

店舗を増やせば認知度が上がり、ブランド化出来る為収益に繋がると考え

このタイミングで店舗数を増やすという大胆な行動に出たのだ。

1店舗、2店舗とオープンしていき、10年後の32店舗を目標に店舗数を増やしていった。

それでも利益は上がらず赤字の状態から脱却する事が出来なかった。

1972年には銀行からの融資も打ち切られてしまい絶望的な状態。

 

そんな状況の中、コスト管理を徹底してあらゆる無駄を排除するという策を打ち出した。

社名をサブウェイ(SUBWAY)へと変更し、さらに店舗数を増やしていった。

無駄を排除した事によって、限られたスペースや機材でも店を運営できるようになり

お金を出してフランチャイズの人材を募りさらなる店舗拡大へと乗り出した。

 

そうしているうちに売上が少しずつ伸びていき、10年後の32店舗という目標を達成する事が出来た。

その成長過程でお客様の細かな注文を受けながら目の前でサンドウィッチを作っていくシステムを導入し

新鮮な食材と美味しさで話題になっていった。

1990年には世界中で5000店舗を達成するまでに急成長を遂げた。

1995年には10000店舗となり、2001年には10億個のサンドウィッチを販売するなど

最初にうまくいかなかった期間が不思議な程の大成功を遂げるのだ。

 

そして、2015914日にデルーカは癌によって67歳という若さでこの世を去る事となった。

 

デルーカは困難にぶち当たる度に自分の信念を曲げずにまっすぐ事業と向き合い

必ず成功させるという姿勢をけっして崩さなかった。

目標を掲げると達成させるためにあらゆる道筋を模索して挑戦していく精神は

今の経営者にとっても学ぶべきことだと思う。

人との出会い、チャンスをものにする運と実力は

こうした未来を信じて進み続ける人にしか掴み取る事が出来ないのかもしれない。