アメリカ最大のアパレル企業GAP(ギャップ)を創業したドナルド・フィッシャーの成功への道のり

アメリカ最大のアパレル企業を知っていますか?

それは日本でも有名なOLD NAVY(オールドネイビー)を傘下に持つGAP(ギャップ)である。

世界中で4000店舗、14万人もの人が働く大企業は

当時41歳のドナルド・フィッシャーという人物によって創られた。

 

日本ではユニクロ、スペインではZARAといったアパレル屈指の大企業と並ぶGAP

世界中で愛され今なお成長を続けている。

 

今回はGAPという会社がドナルド・フィッシャーによってどのようにして創業して成長していったのか

成功への道のりについて紹介していきたいと思う。

 

■ドナルド・フィッシャーの生い立ち

ドナルド・フィッシャーの生い立ち

ドナルド・フィッシャーは192893日にサンフランシスコに誕生した。

中流階級の家に生まれたフィッシャーは高校、大学と順調に学問を学んでいく。

そんな中、母親のおじさんが亡くなったことをきっかけに家具に関する商売を受け継ぐことになり

大学を卒業すると海軍のオフィサーとして働きながら、その家具の商売の手伝いをするようになった。

その手伝いの中でフィッシャーは両親から商売のやり方を教わっていく。

 

そして1960年代に入るとフィッシャーは自分で商売をして将来を切り開く事を決意。

最初に始めた事業は、古びたホテルを改装して老人たちが住める場所を提供するというものだった。

両親からの教えをもとに失敗と成功を繰り返しながらなんとか生活していけるようになり

生涯を共にするドリスと結婚するなど、順風満帆とは言えないまでも幸せな日々を送っていた。

 

そんな中フィッシャーはサクラメントにキャピタルパークホテルを購入して

その一つの区間をブランドショップの展示場にすることによって客が集まると考え

リーバイスの営業マンに貸し出す事になった。

ある時フィッシャーはリーバイスのジーンズを一式そのお店から購入したのだが

微妙にサイズが合わず、交換してもらうようにその店に尋ねてみるが対応してもらえず

他の店もまわっても同じ対応で、服のサイズがあまりにも少ない事に気付いた。

 

その事がきっかけに一つのお店にも様々なサイズの洋服が必要だと考え

妻のドリスと一緒に1969年にGAPを立ち上げた。

 

■GAPが成功した道のり

GAPが成功した道のり

GAPの店舗にはリーバイスのパンツを並べ

「当店にはリーバイスの在庫が4トン」というキャッチフレーズで宣伝して

順調に売上を伸ばしていき、10年で6店舗をオープンして上場するまでになった。

競合会社との価格競争やブーム破綻の危機を他のブランドのレーベルの力を借りるなど

工夫しながらなんとか生き延びていく。

 

他店との差別化を図る為に商品のラインナップを増やしていくが

思うように商品が売れず、ディスカウントショップで大量に安く販売する事となる。

これによってギャップは世間からの印象が悪くなってしまう。

このピンチから脱する為にフィッシャーは小売では有名なミッキー・ドレクスラーを雇い入れる。

ドレクスラーは全ての店舗に置いてある見栄えのしない消費を全て破棄し

ギャップの強みであるジーンズとTシャツに力をいれて自社生産するようになる。

サービスにも力を入れて、商品を常にキレイに魅せるように指示

在庫数を減らして服一つ一つに希少感を出していった。

たったこれだけのシンプルな取り組みによって業績は息を吹き返した。

 

こうしてアメリカでもトップクラスのアパレル企業へと成長した。

フィッシャーが1995年にCEOを退いた今でも世界中に広がり続けている。

 

多くの人の意見に耳を傾け、素直にそれを実践していくフィッシャーは

自分一人の力だけでは無く多くの人の力を借りながら確実に会社を成長させていくことになった。

家族や会社の人達を大切に想い、信頼していく姿勢が部下を成長させ自らも成長させる。

経営者だからなんでもやらなければならないのではなくて

経営者だから自分以外の多くの人達の力を最大限に発揮して共に成長していく。

その姿勢がアメリカ最大のアパレル企業が生まれた一番の要因なのかもしれない。