起業家のジェームス・ダイソンは5126回 失敗した

吸引力が落ちない掃除機で有名な「ダイソン」

その生みの親のジェームズ・ダイソンはなんとサイクロンクリーナを作るのに5126回も失敗していた。

つまり5127台も試作品を作ってようやく納得のいく製品を作る事が出来たのだ。

その年月はなんと5年もかかったという。

まさに執念の賜物だ。

そんな彼について今回は紹介していこうと思う。

■ジェームス・ダイソンも最初はうまくいかなかった

もともと工業デザイナーとして設計事務所で働いていた彼だが

掃除機の紙パックがいっぱいになると吸引力が落ちる事に不満を感じていた。

ただ、それだけかどうかは分からないが、会社をやめてそこから

自宅のガレージにこもって開発に没頭した。

最初に持っていた機械は電動ドリルだけだったという。

 

デザイナー時代に取得した特許を売却して数百万円の資金を元に開発をしていたが

早々にその資金もなくなり、奥さんが家計を支えていたそうだ。

電動ドリル

試作機が出来て欧州や日本の大手電機メーカーに交渉するが

ほとんど見向きもされない。

ようやく日本の電機メーカーで発売した85年にはまったく売れなかった。

 

その当時、紙パックを取り替える不便さを消費者は抱えている事に気付いていた

日本のテレビ通販ジュピターショップチャンネルは、その当時無名のサイクロン式掃除機を

全面的に打ち出した。

いまだにダイソンはその会社に恩を感じているのだという。

 

■地道な活動が実を結ぶ

時代の流れと地道な活動によってようやく兆しが見え始めたのをきっかけに

ダイソン・リミテッドを設立した事で、そこから飛ぶように売れ始める。

 

いまや誰もが知っている大手電機メーカーに成長したダイソンは

斬新なアイデアの製品を生み出している背景として

創業者であるジェームズ・ダイソンの思想が大きく影響している。

全従業員の半数の3500人の技術者が年間約500億円を研究に充てているのだ。

だからこそ、どの電気メーカーにも真似できない商品が次々に生み出される。

ダイソン

■失敗から学ぶ

ジェームズ・ダイソンは失敗する事になんのためらいもなかった。

心が折れそうな時も多少はあっただろうが、失敗する度に次の解決案を見つける事ができるという

考え方をしていたので失敗を失敗と感じなかったのだ。

これはエジソンの考え方と似ている。

彼も電球を発明して世に広める為にダイソンに負けないくらい失敗を重ねた。

それでも失敗は成功の元と考え常に行動していた部分は全く同じだ。

 

彼が成し遂げた功績は大きく、その忍耐強さと揺るがない熱意、覚悟は計り知れない。

その製品が生み出される事によりどれだけの人たちの生活が豊かになるかを

製品を生み出す前から彼らは見えていたに違いない。

 

そのビジョンを見る事が出来るか出来ないかが、継続出来るか出来ないかに繋がり

それはやがて成功に繋がるのかもしれない。