ディズニーランドやミッキーマウスをつくったウォルトディズニーの歴史

ディズニーランド・ミッキーマウス・ウォルトディズニー

この名前を知らない人は世界中どこをさがしてもいない。

ウォルトディズニーはどのようにして、ディズニーランドやミッキーマウスをつくったのか?

どんな経歴を辿ってきたのか?

どんな人物なのか?

みんなが疑問に思っている事を簡単にまとめてみた。

 

■ウォルトディズニーってどんな人?

ビジョン

1901年にシカゴで生まれたウォルトディズニーは、小さい頃からアートが大好きだった。

小学生くらいの頃には絵画教室に通って絵を描いたり、

高校生くらいの年になると夜間の美術学校に通って絵を学んだり、

とにかく芸術の道をつき進んでいた。

 

その才能はその頃から垣間見えていて、すでに7歳の時には彼が描いた絵を買ってくれる人がいたという。

 

だが、愛国心の強い彼は第一次世界大戦が起こると学校を辞めて陸軍に志願。

当時16歳だった彼は衛生隊として支援任務につくことになる。

だが、やはりアートが好きな彼は衛生隊として働きながらも、仕事の合間を見ては絵を描き続けていたらしい。

 

※絵を描く事で得られる効果

 

■運命の出会い

運命の出会い

やがて戦争が終わると、新聞で漫画を書いたり、広告デザインの仕事をするようになった。

その時に生涯かけがえのないビジネスパートナーとなるアブ・アイワークスと出会ったのだ。

ウォルトディズニーとアブ・アイワークスは2人でデザイン会社を起業。

だが、生活していく事が出来ずすぐに倒産。

アニメ会社へ就職するとアニメーターの才能が開花して

仕事の合間を縫って自主アニメを制作するようになる。

それがきっかけとなり、アニメ制作会社を立ち上げる為に独立を果たす。

 

人生2度目の会社を起業した。

 

アイワークスとその他数名のアニメーターと共にアニメ制作に没頭するが

資金繰りが上手くいかずまたもや倒産。

 

絵の才能や独自の感性はあったが、経営に関しての才能はウォルトディズニーにはなかったのかもしれない。

普通の人であればここで諦める人がほとんどかもしれないが彼は違った。

再度、兄ロイと一緒にもう一度会社を設立するのだ。

 

人生3度目の会社を起業。

 

文字通り3度目の正直となったこの会社の名前は「ディズニー・ブラザーズ社」

ハリウッドの地で短編映画である「アリスコメディシリーズ」の製作をスタート。

瞬く間に人気を集めていった。

 

だが、ここで再度試練が待ち受ける。

アニメ興行師のチャールズ・ミンツの紹介でユニバーサルピクチャーズと共に仕事をする事になり

オズワルドというディズニーキャラクターがヒットする。

だが、ここでユニバーサルピクチャーは版権を利用して契約手数料をウォルトディズニーに請求した。

当然それを拒否したが、大手企業の資産力には勝てず、数多くのアニメータースタッフを引き抜かれ

オズワルドも失ってしまう事に・・・

 

またもや倒産かと思われたが、今回は違った。

たった一人ウォルトディズニーの元に残ったアイワークスと共に自社キャラクターを作り始める。

その時にアイワークスが創ったキャラクターがミッキーマウスだ。

不幸中の幸いという言葉が当てはまるかもしれないが、

この最悪な状況がなければ今世界中で愛されているミッキーマウスは存在しなかったかもしれない。

ミッキーマウスの演出をウォルトディズニーは全て手掛け、命を吹き込んだ。

この2人がいたからこそ誕生したキャラクターである事は間違いない。

 

※閃き(ひらめき)をコントロールして、アイデアを起こす方法

 

■2人の天才

ユニバーサルピクチャー

そこからはディズニーワールドを建設したり、様々なキャラクターを世に広めていくことになる。

2度の倒産を経て、ようやく世界中に認められる大企業へと成長を遂げたのだ。

 

何度も危機的状況に陥りながらも、理想を実現する為に何度も立ち上がった。

人生の中で1度でも会社を倒産させてしまうと再起不能になってしまう人も多い中

その度に学び、成長した事で3度目の起業の時には、絶望的な状況を覆すまでになっていた。

ウォルトディズニーを陥れたユニバーサルピクチャーズのオズワルドは、たちまち人気が落ちていったという。

アニメーターの数が多ければ良い物が創れるとは限らない。

それほど、ウォルトディズニーとアイワークスという2人の天才の力が大きかったのだ。

 

彼らが思い描いた

「いつでも掃除がいき届いていて、おいしいものが食べられる。そんな夢の世界を作りたい」

その願いが確実に受け継がれている。

 

どんな事業も熱い想いが人々の心を動かす。

その想いがなければ、そもそも良いものなんて創る事は出来ない。

ウォルトディズニーはディズニーワールドが完成する前に病気でこの世を去っている。

にも関わらず、言葉通りの理想が実現しているとのは

それだけ彼の言葉に魅了された人達がたくさんいて、彼もそれをずっと言い続けていたという事だ。

 

想いを語って周りの人に理解してもらうのは難しい。

日常生活の中で自分の考えをしっかりと理解してもらうと思ったらかなり大変だったりする。

それを自らがこの世を去った後でも継続できるくらい

その製作に携わる人達は、彼の見ていたビジョンをしっかりと見えていたんだと思う。

 

「人に伝える」

 

ウォルトディズニーがここまで成功した理由には

この能力が誰よりも長けていたからじゃないだろうか。

様々な才能がある中で、「人に伝える」方法が誰よりも上手かった事が

ミッキマーマウスという世界一のキャラクターを創り上げた。

 

今は亡き彼から成功した理由を聞く事は出来ないが

今もなお彼から学べることは多い。

人々を幸せにしたい。

この一番大切な気持ちを基本に、自らも仕事をしていきたいと思う。

 

※人を幸せにして自分も幸せになる方法