CoCo壱番屋の宗次徳二社長の経歴について

日本でダントツ1番のカレーチェーン店を展開しているCoCo壱番屋は

誰もが一度は足を運んだ事があると思う。

一代で日本一のお店に成長させた宗次徳二社長は

幼いころから相当な苦労を重ねて今の地位を築いている。

逆境と言う環境をものともせず前に進み続けた宗次社長の人生についてまとめてみた。

■貧乏だった子供時代

宗次社長は孤児院で育ち、3歳の時に雑貨商を経営する夫婦に引き取られる。

義父はギャンブル好きだった為、それが原因で全財産を失って夜逃げしたり

電気も水道も無い生活、義母も義父に愛想を尽かして蒸発してしまったり

夜はロウソクで明かりと灯して幼いころから炊事洗濯など家の仕事をしていた。

 

白いご飯などもろくに食べる事ができず、

メリケン粉を水で溶かしたものや雑草を食べていたという。

年に2回、義父が買ってきてくれるリンゴが一番のご馳走で

それを本当に楽しみにしていたそうだ。

 

これを聞くと、想像できないくらい辛い体験をしてきたんだなと誰もが感じると思う。

自分がもし同じ状況だったら?

自分の子供を同じ状況にさせてしまったら?

とてもじゃないけど気が病んでしまいそうな子供時代だ。

りんご

それでも宗次社長は「自分の事を不幸だなんて一度も思ったことはない」という。

もともと楽観主義者らしく、人生なんてこんなもので、他人に頼らず、迷惑をかけず

一人でコツコツ生きていこうと決めていたとの事。

 

いまだに貧乏性が抜けないのか、お金はありあまるほど持っているのに

安物の時計や服で十分らしい。

「お金を自分の為に使うのは恥ずかしい」

そんな言葉が自然に出てくるくらい、周りの人を想いやれる人なんだと思う。

 

■人柄の経営

自称三流経営者という宗次社長は、ただひたすら目の前のお客様の事だけを考えて行動してきた。

コンサルタントや周りの力は借りず、今自分にできる事だけをしてきたから

戦略とかテクニックとかそんな事は考えず、毎日休まずにお客様と向き合い続けた。

友人も作らず、遊びや趣味などもせず、ただお客様の前に立って

「ありがとうございます」をいう事がなにより楽しかった。

もし、人より優れている部分があるとしたら

「毎日同じことをひらすら続けることができる」部分だと自身でも言っている。

 

創業当時からハウス食品にスパイスの調合を依頼していて、

安定したルーの提供が出来ていたり

店舗を増やしていく中で社員が成長する事で暖簾分けのような形で

フランチャイズ化する事で会社の理念をそのまま引き継ぐ事ができ

ロイヤリティは一切取らない代わりにルーをこちらから仕入れていもらう形で

お互いに損をしない戦略をとった事が成功の大きな要因だっただろう。

 

誰もが嫌な思いをしない相手の事を想った経営。

まさに、宗次社長の人柄が出た経営によって

日本一のカレー屋をつくる事ができたのだ。

カレーライス

いつの時代も自分の事だけを考えた経営だと必ず周りから見放されてしまう。

自分よりもお客様、お取引先様、社員の事をどれだけ考えて

その人たちに「価値」を提供できているかが、

経営を成功させる最大の戦略なのかもしれない。